唐詩

访戴天山道士不遇

Li Bai

Quǎn fèi shuǐ shēng zhōng, táo huā dài lù nóng.

犬吠水声中,桃花带露浓。

Shù shēn shí jiàn lù, xī wǔ bù wén zhōng.

树深时见鹿,溪午不闻钟。

Yě zhú fēn qīng ǎi, fēi quán guà bì fēng.

野竹分青霭,飞泉挂碧峰。

Wú rén zhī suǒ qù, chóu yǐ liǎng sān sōng.

无人知所去,愁倚两三松。


翻訳

水の音の中に、犬の吠える声が聞こえてくる。露を帯びた桃の花は、いっそう濃く鮮やかに咲いている。深い林の中では、時おり鹿の姿が見える。溪のほとりはもう昼なのに、道観の鐘の音は聞こえてこない。野の竹は青い霞を分け、飛ぶ泉は碧い峰に掛かっている。道士がどこへ行ったのか、知る人は誰もいない。私はただ物憂く、二、三本の松に寄りかかっている。

解説

この詩は、李白が戴天山の道士を訪ねたが会えなかった時の作品である。題名に「不遇」とあるが、詩の中心は単なる失望ではなく、道士を尋ねる途中で出会った山中の清らかな風景である。冒頭の「犬吠水声中」は、非常に生きた音の描写である。水音の中に犬の声が混じることで、山中に人の気配が感じられる。しかし人はまだ現れない。「桃花帯露濃」は、露を含んだ桃の花の鮮やかさを描き、湿った春の山気を感じさせる。「樹深時見鹿,溪午不聞鐘」は、山中の静けさを深める。深い林の中では鹿が現れ、昼になっても道観の鐘の音は聞こえない。鹿がいるほど人が少なく、鐘も鳴らないため、道士が不在であることが自然に示される。「野竹分青靄,飛泉掛碧峰」は、視覚的に非常に美しい句である。野竹は青い霞を分けるように立ち、滝は碧い山峰に掛かっているように見える。「分」と「掛」の二字によって、山の空間が立体的に現れる。最後に「无人知所去,愁倚两三松」となり、ようやく訪問が空振りに終わったことが明らかになる。だが、この愁いは深刻な悲しみではなく、山中の清景の中に溶け込む淡い寂しさである。この詩は「人に会えなかった」詩でありながら、自然とは深く出会っている。道士には会えなかったが、桃花、鹿、竹、霞、飛泉、松が詩人を迎えている。

作者紹介

李白は唐代を代表する詩人で、字は太白、号は青蓮居士。後世「詩仙」と称された。祖籍は隴西成紀とされ、一説には西域の砕葉に生まれたともいう。生涯にわたり各地を遍歴し、自由で豪放な精神を詩に表した。詩風は奔放で想像力に富み、山水、遊仙、酒、友情、懐古、辺塞、人生理想など幅広い題材を詠んだ。代表作に『将進酒』『蜀道難』『静夜思』『早発白帝城』『望廬山瀑布』などがある。この詩には、李白の清新で幽逸な山水詩人としての一面がよく表れている。