宋詞

长相思·长相思

cháng xiāng sī · cháng xiāng sī

晏几道

yàn jǐ dào

cháng xiāng sī, cháng xiāng sī。

长相思,长相思。

ruò wèn xiāng sī shèn le qī, chú fēi xiāng jiàn shí。

若问相思甚了期,除非相见时。

cháng xiāng sī, cháng xiāng sī。

长相思,长相思。

yù bǎ xiāng sī shuō shì shuí, qiǎn qíng rén bù zhī。

欲把相思说似谁,浅情人不知。


翻訳

長い相思、長い相思。この思いがいつ終わるのかと問うなら、それはただ、実際に逢う時だけである。長い相思、長い相思。この思いを誰に語ればよいのだろう。情の浅い人には、決してわからない。

解説

この詞はきわめて短く、ほとんど反復と問いだけで成り立っている。しかしその簡潔さこそが力である。「長相思」という反復は、詞牌名であると同時に、心の中で何度も戻ってくる相思そのものの声である。「若問相思甚了期,除非相見時」は、相思が終わる条件を明白に言う。時間でも慰めでもなく、逢うことだけがそれを終わらせる。下片では同じ言葉が繰り返されるが、感情はさらに内へ沈む。「欲把相思說似誰」とは、この思いが苦しいだけでなく、語る相手さえ得がたいことを示す。「浅情人不知」は、浅い情と深い情の境界を引く一句である。複雑な意象を使わず、晏幾道は反復する心の声そのものを詞にした。

作者紹介

晏幾道は北宋の詞人で、字は叔原、号は小山。撫州臨川の人で、晏殊の第七子である。名門の出でありながら仕途には恵まれず、晩年には零落の感が深かった。彼の詞は旧遊、歌席、別れ、追憶を多く詠み、現在の寂しさと過ぎ去った華やぎを重ね合わせる。議論ではなく、夢の余韻、記憶の光、取り戻せない情の痛みによって人を動かす詞人である。