詩経
郑风·将仲子
佚名
将仲子兮,无逾我里,无折我树杞。
岂敢爱之?畏我父母。
仲可怀也,父母之言亦可畏也。
将仲子兮,无逾我墙,无折我树桑。
岂敢爱之?畏我诸兄。
仲可怀也,诸兄之言亦可畏也。
将仲子兮,无逾我园,无折我树檀。
岂敢爱之?畏人之多言。
仲可怀也,人之多言亦可畏也。
翻訳
仲子よ、どうか私の里の門を越えないで。私の植えた枸杞の木を折らないで。木を惜しんでいるのではない。父母の言葉が恐ろしいのです。仲子は恋しく思う人だけれど、父母の言葉もまた恐ろしいのです。 仲子よ、どうか私の家の垣を越えないで。私の植えた桑の木を折らないで。木を惜しんでいるのではない。兄たちの言葉が恐ろしいのです。仲子は恋しく思う人だけれど、兄たちの言葉もまた恐ろしいのです。 仲子よ、どうか私の園に忍び込まないで。私の植えた檀の木を折らないで。木を惜しんでいるのではない。世間の多くの噂が恐ろしいのです。仲子は恋しく思う人だけれど、人々の噂もまた恐ろしいのです。
解説
「将仲子」は、恋する相手を思いながらも、家族と世間の目を恐れる女性の心を描いた詩である。彼女は仲子を嫌っているわけではない。むしろ各章で「仲可怀也」と繰り返し、仲子を深く思っていることを明らかにしている。しかし、その思いをそのまま行動に移すことはできない。父母、兄弟、そして人々の噂が、彼女の前に立ちはだかっている。 三章はほぼ同じ形で反復されるが、「里」「墙」「园」と空間はしだいに内側へ入り、「父母」「诸兄」「人之多言」と恐れる対象はしだいに広がっていく。木を折るなという言葉は表面的な理由であり、本当に守られているのは、女性自身の名誉と家の秩序である。 この詩の魅力は、拒絶の言葉の中に愛情が残っている点にある。彼女は仲子を拒んでいるのではなく、仲子に軽率な越境をしないでほしいと願っている。素朴な反復の中に、恋、羞恥、恐れ、未練が重なっており、『詩経』らしい人情の細やかさがよく表れている。
作者紹介
「鄭風・将仲子」は『詩経』に収められた作品で、作者は不詳である。『詩経』の「国風」には、周代各地の民謡や歌謡が多く含まれ、恋愛、労働、祭祀、戦争、日常の感情が素朴な言葉で伝えられている。鄭の歌は、とくに男女の情愛や都市的な人間関係を生き生きと描くことで知られる。「将仲子」は、恋心と社会的な制約がせめぎ合う心情を、短い反復の中に巧みに表した一篇である。