詩経
魏风·园有桃
佚名
园有桃,其实之殽。心之忧矣,我歌且谣。
不知我者,谓我士也骄。彼人是哉,子曰何其?心之忧矣,其谁知之?其谁知之,盖亦勿思!
园有棘,其实之食。心之忧矣,聊以行国。
不知我者,谓我士也罔极。彼人是哉,子曰何其?心之忧矣,其谁知之?其谁知之,盖亦勿思!
翻訳
園には桃の木があり、その実は料理に用いることができる。私の心には憂いがあり、歌い、謡ってそれを紛らわせる。私を知らない者は、士である私を驕っていると言う。あの人々は正しいのか。あなたはなぜそう言うのか。私の心の憂いを、いったい誰が知るだろう。誰も知らないのなら、もう思い煩うまい。園には棘の木があり、その実は食べることができる。私の心には憂いがあり、しばらく国の中を歩き回る。私を知らない者は、士である私を限りない者だと言う。あの人々は正しいのか。あなたはなぜそう言うのか。私の心の憂いを、いったい誰が知るだろう。誰も知らないのなら、もう思い煩うまい。
解説
「園有桃」は、理解されない者の憂いを歌う詩である。桃や棘の実は食べることができ、日常の秩序はなお保たれているように見える。しかしその穏やかな景の下に、言い尽くせない憂いが沈んでいる。「我歌且謡」「聊以行国」は楽しみではなく、心の重さをどうにか紛らわせる行為である。「不知我者」という反復は、苦しみが憂国や個人的悲しみだけでなく、他者からの誤解にも由来することを示す。人々は彼を驕り、あるいは無節度と見るが、彼はただ「誰がこの憂いを知るのか」と問う。最後の「勿思」は解放ではなく、諦めに近い沈黙である。
作者紹介
『詩経』の「風」は、周代各地の歌謡に由来するものが多く、個々の作者はほとんど伝わっていない。そのため、通常は「佚名」とされる。これらの詩は、民間の歌、礼俗、労働、恋愛、婚姻、怨刺、思慕、政治的感情などを伝えている。言葉は素朴でありながら、反復、リズム、イメージによって強く整えられている。作者名を持たないからこそ、そこには一人の文人ではなく、古代社会の広い集団的経験と感情の記憶が残されている。