詩経

唐风·鸨羽

Táng Fēng · Bǎo Yǔ

佚名

Yì míng

Sù sù bǎo yǔ, jí yú bāo xǔ. Wáng shì mí gǔ, bù néng yì jì shǔ. Fù mǔ hé hù? Yōu yōu cāng tiān, hé qí yǒu suǒ?

肃肃鸨羽,集于苞栩。王事靡盬,不能蓺稷黍。父母何怙?悠悠苍天,曷其有所?

Sù sù bǎo yì, jí yú bāo jí. Wáng shì mí gǔ, bù néng yì shǔ jì. Fù mǔ hé shí? Yōu yōu cāng tiān, hé qí yǒu jí?

肃肃鸨翼,集于苞棘。王事靡盬,不能蓺黍稷。父母何食?悠悠苍天,曷其有极?

Sù sù bǎo háng, jí yú bāo sāng. Wáng shì mí gǔ, bù néng yì dào liáng. Fù mǔ hé cháng? Yōu yōu cāng tiān, hé qí yǒu cháng?

肃肃鸨行,集于苞桑。王事靡盬,不能蓺稻粱。父母何尝?悠悠苍天,曷其有常?


翻訳

雁に似た鳥の羽音が粛々と響き、茂った栩の木に降りている。王の役務は尽きることがなく、私は稷や黍を植えに帰ることができない。父母はいったい誰を頼ればよいのか。はるかな青天よ、いつになれば私は安らぐ場所を得られるのか。鳥の翼の音が粛々と響き、茂った棘の木に降りている。王の役務は尽きることがなく、私は黍や稷を植えに帰ることができない。父母はいったい何を食べればよいのか。はるかな青天よ、いつになればこの苦役は終わるのか。鳥の列が桑の木に降りている。王の役務は尽きることがなく、私は稲や粱を植えに帰ることができない。父母はいったい何を口にできるのか。はるかな青天よ、いつになればこの日々に定まりが戻るのか。

解説

『鴇羽』は、過重な徭役の苦しみを歌った重い詩である。「王事靡盬」という反復は、王の仕事が休むことなく続き、逃れることができない状況を示している。しかし詩の中心にあるのは、従役する本人の苦労だけではない。家に帰って耕すことができないため、父母を養えないという痛みである。「父母何怙」「父母何食」「父母何嘗」と問いが進むにつれて、親への不安はますます具体的になる。冒頭の鴇が木に集まる情景も重要である。鳥にはとどまる場所があるのに、人は役に追われて安住できない。稷、黍、稲、粱といった穀物は、単なる作物名ではなく、家族を支える生活そのものを象徴する。最後に「悠悠蒼天」と天に訴えるのは、地上に訴える場所がないからである。この詩は、徭役の苦しみを親孝行の不可能性として描くことで、政治的負担を家庭の痛みへと深く結びつけている。

作者紹介

『鴇羽』は『唐風』に収められた無名の詩であり、伝統的には、長く徭役に従うため父母を養えない者の嘆きとして読まれてきた。『詩経』には労役、征行、家族との離別を扱う詩が多いが、この作品はとくに、公的な役務と私的な孝養の衝突を強く描いている。農作物の反復は、土地、家族、生計が切り離せないものであったことを示している。