詩経

淇奥

Qí yù

佚名

Yì míng

Zhān bǐ Qí ào, lǜ zhú yī yī.

Yǒu fěi jūn zǐ, rú qiē rú cuō, rú zhuó rú mó.

Sè xī xiàn xī, hè xī xuǎn xī.

Yǒu fěi jūn zǐ, zhōng bù kě xuān xī.

Zhān bǐ Qí ào, lǜ zhú qīng qīng.

Yǒu fěi jūn zǐ, chōng ěr xiù yíng, huì biàn rú xīng.

Sè xī xiàn xī, hè xī xuǎn xī.

Yǒu fěi jūn zǐ, zhōng bù kě xuān xī.

Zhān bǐ Qí ào, lǜ zhú rú zé.

Yǒu fěi jūn zǐ, rú jīn rú xī, rú guī rú bì.

Kuān xī chuò xī, yī chóng jué xī.

Shàn xì xuè xī, bù wéi nüè xī.


翻訳

あの淇水の入り江を望めば、緑の竹がしなやかに茂っている。 そこには、文雅な君子がいる。骨や象牙を切り磨くように、玉を彫り琢くように、修められた人である。 厳かで威儀があり、明るく輝いている。 このような君子は、いつまでも忘れることができない。 あの淇水の入り江を望めば、緑の竹が青々としている。 そこには、文雅な君子がいる。耳飾りは澄んで輝き、礼冠の玉飾りは星のように光る。 厳かで威儀があり、明るく輝いている。 このような君子は、いつまでも忘れることができない。 あの淇水の入り江を望めば、緑の竹が簀のように密に茂っている。 そこには、文雅な君子がいる。金や錫のように精良で、圭や璧のように高貴で温かい。 ゆったりとしておおらかで、車に乗る姿も落ち着いている。 戯れをよくしても、人を傷つけるような度を越したことはしない。

解説

「淇奥」は、『詩経』の中でも君子の風格を讃える代表的な作品である。「有匪君子」という一句は、後世においても理想的人格を表す言葉として広く知られる。詩はまず淇水のほとりの緑竹を描く。竹の青さ、しなやかさ、節ある姿は、君子の清らかさ、まっすぐな品格、内に備えた節度と響き合っている。 第一章の「如切如磋,如琢如磨」は、単なる容貌の賛美ではない。骨や象牙、玉石が切られ、磨かれ、彫られて初めて美しい器となるように、君子の人格も学問、礼、徳の修養によって磨かれる。第二章では耳飾りや冠の玉飾りが描かれ、礼制の中にある荘重な美が示される。第三章では金や錫、圭や璧の比喩によって、外面の輝きだけでなく、内面的な高貴さが強調される。 最後の「善戯謔兮,不為虐兮」は特に味わい深い。理想の君子は、ただ厳粛なだけではない。冗談を言うこともできるが、それが人を傷つけることはない。ここに、徳、礼、容姿、そして人と交わる時の節度まで含めた、古典的な人格美が描かれている。

作者紹介

「淇奥」は『詩経・衛風』に収められた作品で、作者名は伝わらない。衛の地域は古い礼楽文化と深い関わりを持ち、『衛風』には恋愛、望郷、諷刺、君子賛美など多様な作品が含まれる。「淇奥」に描かれる君子像は、徳、礼儀、容姿、言葉の節度を備えた古代中国の理想的人格をよく示している。